「私は大丈夫。」
そう思っていました。
でも、心と体は正直でした…。
限界だと思っていなかった
朝誰よりも早く起きて家事をして、仕事に行って、帰って来たらまた家事をして。
母の介護をしていた時期もあるし、子どもがまだ小さい頃は保育園の送り迎えや習い事の送迎。
そのころ夫は出張が多い仕事をしていたから、頼れる訳もないと思って一人で頑張っていました。
疲れたな~って思うことはあっても、ちゃんと生活費をもらっているし、暴力を受けていたわけでもありません。
だからこそ、自分がこんなにつらいと感じる理由が分かりませんでした。
「もっと大変な人もいる」
「みんな不満を言わずに頑張っている」
「私だけじゃなくてみんなやっていること」
って思って、何も疑問をもたずに生きていました。
母が亡くなり、
子どもも少しずつ手が離れ、
夫も転職して出張がなくなりました。
生活が落ち着いてきた頃、
今まで見ないようにしていた違和感が、少しずつ見えるようになってきたんです。
夫はとにかく愚痴や文句が多いタイプ。
一緒にドラマを見ても、
「この俳優嫌い。」
「この展開つまらない。」
と、ずっと何かしら文句を言っています。
好きなバンドが出来てそれを夫に聞かせたら
「気持ち悪い声だね」って。
あんなに好きで聴いていた音楽なのに、
その日から家ではイヤホンでこっそり聴くようになりました。
自宅にいてもリラックス出来る時間が減っていきました。
LINEの返事をすぐにしないと文句を言われるので、いつだってスマホを気にして
LINEの通知音が鳴るたびに、
「夫かな?」
と胸がドキッとするようになりました。
そのうち夫が帰ってくる時間になると動悸がするように。
寝ようと思っても、眠れない。
夜中に何度も目が覚める。
仕事中に眠くて集中出来なくなり、心療内科を受診したら
「強いストレスですね」
と、薬を処方されやっと自分が強いストレスを感じていたことを自覚するようになりました。
「頑張る」が口ぐせになっていた
すぐにLINEに返信出来なくて怒られても、
私の大事なものを貶されても、夫もストレスが多いのだろうって我慢。
すぐに返信しないのなら、スマホの意味がない!
私の好きなバンドのボーカルの声が気持ち悪いって思ったのも、事実なんだから仕方がないでしょ?
そんな風に言われてしまい、だんだんと分かってもらおうとすること自体を諦めていきました。
そうやっていろんなことを徐々に諦めて、小さな我慢が積み重なった結果・・・ついに限界を感じた私。
大きな衝撃的な出来事はなくても、小さな我慢、些細に思える違和感の積み重ね。
「きっと夫も疲れているんだろう」
「今日は我慢しよう」
「今日は黙っていよう」
そんな選択を何年も繰り返した結果、もう限界に。
今だから思うこと
通院して先生に「強いストレスですね」と言われたことで
見過ごそうとしていた我慢と向き合えたと思います。
心療内科に行くのってちょっとハードルが高く感じることもあるかもしれないけれど
一生、夫が帰ってくる音で動悸を感じ苦しいままでいられない。
あのとき病院へ行かなければ、
私はきっと、
「まだ大丈夫」
と自分に言い聞かせ続けていたと思います。
心が壊れてしまう前に立ち止まれたこと。
それが、私にとって人生を見つめ直す最初の一歩になりました。

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